ナリカワLAB

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【読書】読んで歩ける、リア充のための”富嶽百景”

  こんにちは、ナリカワです。 これで9個目!

 今日も名作を一つ紹介したい。

 

 

 太宰治 1939年

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富士山にはたくさんの絶景がある

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 どれも絶景です。

 このように富士山のビューポイントは沢山あるのですが、 ”富嶽百景”はその中でも河口湖を舞台とした小説です。小説といっても、

1938年(昭和13年)9月13日に太宰は、井伏鱒二の勧めで山梨県南都留郡河口村(富士河口湖町河口)の御坂峠にある土産物屋兼旅館である天下茶屋を訪れる。 Wikiより引用

 ここでしばらく生活した太宰の実体験が素材で、そのため登場人物も太宰たちそのままの姿で登場している。そして、15000文字程度の短編なのでリアルが多忙な人でも気軽に読める

 

 

リア充になれるかどうか、ここで決まる

 ”富嶽百景”の作中で太宰達が登った三ツ峠の登山ルートは、今でも整備されており日本ウォーキング協会認定コースとなっています。

 しかも健脚度は三段階評価でもっとも易しく、登山が苦手な彼女でも大丈夫

 

 女の子と富嶽百景デートで絶景を見る…

 やったね! これで君もリア充になれるぞ!!

 

 なんて、僕はこの記事でそんなことを伝えたいわけじゃありません。

 むしろ、これはリアルが充実していないからこそ生まれてしまう欲望のままの発想と言えましょう。これから本当にリア充になるべき気持ちを紹介します。

 

 導入が長くなりましたが、

 

 僕は富嶽百景”を読んで、本当に不幸(リアルが充実していない状態、河口湖で生活する前は、二回の自殺未遂や鎮痛剤パビナール中毒による妄想に愛する妻の裏切りなど、深い傷を負っていた)だった太宰治が、まともな、健全なこころで、それがまさにリア充になるべきこころを持って、快復に向かっていく日常の風景を強く感じることができたのです。これは本当に気持ちのいいことだと思います。

 実体験が素材の小説ですから、本当にほのぼのした日常の話が描かれています。文学ですから、このあたりを楽しんでもらいたいです。

 

 少しですが、序盤にあるエピソードを一つ紹介します。ここだけでも、僕が感じたこと伝わると思います。

私が、その峠の茶屋へ来て二、三日経つて、井伏氏の仕事も一段落ついて、或る晴れた午後、私たちは三ツ峠へのぼつた。三ツ峠、海抜千七百米。御坂峠より、少し高い。急坂を這はふやうにしてよぢ登り、一時間ほどにして三ツ峠頂上に達する。蔦つたかづら掻きわけて、細い山路、這ふやうにしてよぢ登る私の姿は、決して見よいものではなかつた。井伏氏は、ちやんと登山服着て居られて、軽快の姿であつたが、私には登山服の持ち合せがなく、ドテラ姿であつた。茶屋のドテラは短く、私の毛臑けづねは、一尺以上も露出して、しかもそれに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく、少し工夫して、角帯をしめ、茶屋の壁にかかつてゐた古い麦藁帽むぎわらばうをかぶつてみたのであるが、いよいよ変で、井伏氏は、人のなりふりを決して軽蔑しない人であるが、このときだけは流石さすがに少し、気の毒さうな顔をして、男は、しかし、身なりなんか気にしないはうがいい、と小声で呟いて私をいたはつてくれたのを、私は忘れない。

 

とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台といふ、断崖だんがいの縁へりに立つてみても、いつかうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆつくり煙草を吸ひながら、放屁なされた。いかにも、つまらなさうであつた。パノラマ台には、茶店が三軒ならんで立つてゐる。そのうちの一軒、老爺と老婆と二人きりで経営してゐるじみな一軒を選んで、そこで熱い茶を呑んだ。茶店の老婆は気の毒がり、ほんたうに生憎あいにくの霧で、もう少し経つたら霧もはれると思ひますが、富士は、ほんのすぐそこに、くつきり見えます、と言ひ、茶店の奥から富士の大きい写真を持ち出し、崖の端に立つてその写真を両手で高く掲示して、ちやうどこの辺に、このとほりに、こんなに大きく、こんなにはつきり、このとほりに見えます、と懸命に註釈するのである。私たちは、番茶をすすりながら、その富士を眺めて、笑つた。いい富士を見た。霧の深いのを、残念にも思はなかつた。

 僕も登山デートが悪天候だろうと余裕のあるこころもちでその場の雰囲気を楽しみたいと思うのです。これは、どんなときでもしっかりこころを向き合わせることで可能になると思います。せっかくのデートを台無しにしちゃ、ちょっとダサいよね。だって、絶望に暮れてた太宰治でも、こんなにまともなこころで茶店の老婆と楽しむことができるんです。実物の富士山が見れなくても、写真の富士山を見て良い富士を見たってのは、やっぱ格好いいね。

 他にも、富嶽百景の中で太宰治は天来の素質で持つモテ技を繰り広げます。(笑)

 

 実際この頃が太宰治の文学における中期にあたり、"走れメロス”など健康的な名作を世に生み出していきました。暗いのが苦手な方も、このあたりの太宰治なら読めると思います。

 

 もし、今日の記事で、あなたがタイトルを見てクリックしたときの気持ちよりも優しい気持ちになれたなら、富嶽百景”という名作の力が伝わったのかなと思います。

 

走れメロス (新潮文庫)

走れメロス (新潮文庫)

 

 ではまた