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【読書】東京に暮す―1928~1936―

キャサリン・サンソム 著 大久保美晴 訳 岩波文庫

 

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息抜きできる本を探して

 たまたま目に入ったこの本を衝動買いしたのだが、期待していたよりずっとリラックスできる名作だった。でも、何がすごいってキャサリン・サンソムの品の良さだ。

 もちろんこの本は翻訳されたものですから文の調子で彼女の品の良さがわかると言いたいわけではなく、彼女のポリシーや発想、考え方や冗談から品の良さが伝わる本なのだということは言っておきたい。

 彼女はイギリスの外交官ジョージ・サンソム(彼のWikiもあるくらいの人物)の夫人で、これを書かれた1928~1936は広島に原爆が落とされるよりも10年以上前の時代。この本は、そんな時代のスーパーエリート層の夫人が日本で暮し、「東京での生活はいったいどのようなものですか」という友人や親戚への問いに答えるつもりで書いた本です。

 彼女の暖かいまなざしで描かれた昭和初期の人々の暮らしにほのぼのとさせられる内容なのですが、それでも非常に冷静な思考をしつつ教養がなければ導き出せない回答に痺れ憧れる。彼女はそうした教育が目的ではないでしょうから、背中で語るといいますか、態度で伝えることができる立派な貴婦人なのでしょう。彼女の文化人・有識者といった立場は伊達なものじゃありません。そんな知識人の視点で書かれた文章ですから、読んでいるうちに視野が広がることを実感できます。

 

本を読んで視野が広がるって言うけど、例えば?

 彼女は買物する際に思ったことがいくつかあって、

日本で買物をしていて嬉しいのは、礼儀正しくあれば、好きなだけ店にいて商品を検討し買わずに帰ってもよいことです。お店は利益を上げるための事業というより、人々の娯楽の場なのです。長い時間お店にいると家族の人たちが続々と出てきて話をするうちに、緑茶が漆の盆にのって運ばれてくることがあります。こうなるとお店の人と客はますます親しくなって買物などはどうでもよくなってしまいます。

と感じたり、

絶対に棚にあるはずの本を探してもらったのに、まだ入荷しておりませんという返事が返ってくることがありますが、東京での憎めない冗談の一つです。

と楽しんでみたり、

本屋をのぞくのは外国人にはとても面白い経験です。本屋では男の子や女の子が鈴なりになって少年少女向けの本を読んでいます。その後ろでは大人たちが大人向けの本に夢中になっています。大学の周辺には本屋や古本屋が多く、学生たちが本に読み耽っています。顔をあげている人など一人もいません。私が突然馬鹿なこと、例えば逆立ちをしたとしても、本に夢中になっている人たちは身動き一つせず、一瞬目を上げるだけで、また元のように本を読み続けることでしょう。こんな国はおそらく日本だけです。国民の活字熱と、立ち読みを許す寛大な本屋との両方がないと見られない現象ですから。本屋も立ち読みを禁止すると本が売れなくなることを知っています。冷酷な親爺が立ち読みを禁止すると客は来なくなります。

と無邪気な冗談をいうのかと思いきや、やはり教養ありすぎでしょうと唸らせられることも書いてくれます。これを当時の夫人がわざわざ記録に書いていたんだなぁと思いを馳せるだけでも視野が広がった気がしませんか?

 

 他にも、「イギリスの田舎では何をするにも興奮して議論を重ねたが、日本の家は抑圧的でそんなものはない、頭の良さとかの話ではない」ということだったり、「日本人の自己を抑制する性格はどこからきているのか」「日本人を理解する唯一の方法はこれだ!」というものだったり、「庭師がすごい(特にこの庭師の件は僕もお気に入りです)」やら「顔所とある紳士の間で宝物の話になり、1923年の大震災で夫が収集したものは全部焼けてしまったことをこぼしたら紳士は同情して聞いてくれました、続いて私が紳士にそのときは東京にいらっしゃいましたか、失われたものはありませんか、と尋ねたところ、紳士は微笑を浮かべながら、妻子をなくしましたと答えました」というエピソードから、彼女もまた日本文化について理解を深めるのです。

 また、比喩も巧みで日本の木は美しいという話から

ところで、日本には美しい木があるというだけでは、シンデレラがガラスの靴をはいて光り輝く馬車で宮廷に乗りつけたといって、妖精の存在にはふれないようなものです。日本でも、魔法が働いています。木は、日本では、他の国々と同じように育つわけではありません。庭師が木を非常によくほめるあまり、木が何でもできるようになるのです。魔法をかけられて、見事に変身するのは天然の木々です。

といった女性のハートをガッチリ捕まえられそうなパートもあり、読んでいていろんな箇所に刺激を受けます。

 他にも魅力あるエピソードは多数あるのですが、つまりは彼女ほど教養のある女性がわざわざ文章にして友人親戚に伝えたいことを書いているわけで、庶民からしてみれば特殊な視点だろうし、さらに外国人というポジションなのでほとんどの読者の視野を広げてくれる良い本だと僕は思いました。

 

さいごに、書いていて思ったこと

 最初に「品の良さ」に触れましたが、他にも彼女の「説明の上手さ」も格別だったので紹介したかったですね。めっちゃ読みやすい。『疲れた現代社会に…』的なキャッチフレーズでもあてはまりそうな優しい本でした。

 次は難しい本でも買おうかな~。

 

東京に暮す―1928~1936 (岩波文庫)

東京に暮す―1928~1936 (岩波文庫)

 

 

ではまた